人物年表

  ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト
 
日本史年表 

西暦
月日 満年齢 出来事
1756
1757
1758
1759
1760
1761
1762
1763
1764
1765
1月27日









0歳
1歳
2歳
3歳
4歳
5歳
6歳
7歳
8歳
9歳
・神聖ローマ帝国領のザルツブルクに生まれる(七番目の末っ子)


・チェンバロを弾き始める

・最初の作曲を行う

・フランクフルトでの演奏をたまたまゲーテが聴き驚愕する


1766
1767
1768
1769
1770
1771
1772
1773
1774
1775










10歳
11歳
12歳
13歳
14歳
15歳
16歳
17歳
18歳
19歳

・(父と共に音楽家として宮廷に仕える)

・第1回目のイタリア旅行
・ローマ教皇より黄金拍車勲章を授与される





1776
1777

1778

1779
1780
1781

1782
1783
1784
1785


10月

7月3日


3月
5月9日




20歳
21歳

22歳

23歳
24歳
25歳

26歳
27歳
28歳
29歳

・ザルツブルグの職を辞し、ミュンヘン・マンハイムへ移る
・パリに向かう途中のアウクスブルクで従姉妹のマリアと再会する
・アロイジア・ヴェーバーとの結婚を計画するが父・レオポルトに猛反対されパリ行きを命じられる
・母・アンナが同行先のパリで死去


・ウィーンへ移る
・コロレドと衝突し解雇される
・父の反対を押し切り、コンスタンツェ・ヴェーバー(アロイジアの妹)と結婚する


・弦楽四重奏曲集をハイドンに献呈する
1786


1787
1788
1789
1790
1791



5月1日

10月



1月
1月
9月
11月20日
12月5日
30歳


31歳
32歳
33歳
34歳
35歳



・オペラ「フィガロの結婚」をブルク劇場で初演
・父・レオポルトが死去
・オペラ「ドン・ジョヴァンニ」を作曲
・プラハからのオペラ作曲依頼にハイドンはモーツァルトを推薦する
・「3大交響曲」(交響曲第39番、第40番、第41番)を作曲する

・オペラ「コジ・ファン・トゥッテ」を初演
・最後のピアノ協奏曲第27番を作曲

・体調を崩し薬を服用する
・体調が悪化し病床に伏す
・死去
   亡くなる3年前の手紙に自分自身のことを語っている。
    「ヨーロッパ中の宮廷を周遊していた小さな男の子だった頃から、特別な才能の持ち主だと、同じことを言われ続けています。
   目隠しをされて演奏させられたこともありますし、ありとあらゆる試験をやらされました。
   こうしたことは、長い時間かけて練習すれば、簡単にできるようになります。
   ぼくが幸運に恵まれていることは認めますが、作曲はまるっきり別の問題です。
   長年にわたって、僕ほど作曲に長い時間と膨大な思考を注いできた人は他には一人もいません。
   有名な巨匠の作品はすべて念入りに研究しました。
   作曲家であるということは精力的な思考と何時間にも及ぶ努力を意味するのです。」


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