人物年表  ガリレオ・ガリレイ
 
日本史年表 / エリア情報  

西暦
月日 満年齢 出来事
1564
1565
1566
1567
1568
1569
1570
1571
1572
1573
2月15日









0歳
1歳
2歳
3歳
4歳
5歳
6歳
7歳
8歳
9歳
・トスカーナ大公国領(現イタリア)ピサで誕生、父は音楽家で呉服商









1574
1575
1576
1577
1578
1579
1580
1581
1582
1583










10歳
11歳
12歳
13歳
14歳
15歳
16歳
17歳
18歳
19歳







・ピサ大学に入学(医学専攻)


1584
1585
1586
1587
1588
1589
1590
1591
1592
1593










20歳
21歳
22歳
23歳
24歳
25歳
26歳
27歳
28歳
29歳

・ピサ大学を退学、家族でフィレンツェに移住
・最初の科学論文「小天秤」を発表する


・ピサ大学の教授となり数学を教える

・父・ヴィンチェンツォが死去、家族を扶養する立場となる
・パドヴァ大学の教授となり幾何学、数学、天文学を教える

1594
1595
1596
1597
1598
1599
1600
1601
1602
1603










30歳
31歳
32歳
33歳
34歳
35歳
36歳
37歳
38歳
39歳



・ケプラー宛の手紙で「地動説」を信じると記す

・パドヴァ大学教授に再任、マリナ・ガンバと結婚(1男2女をもうける)
・ジョルダノ・ブルーノがローマ教皇庁により火あぶりの刑となる
・トスカーナ大公の息子コジモ2世の家庭教師を兼任


1604
1605
1606
1607
1608
1609
1610

1611
1612
1613











40歳
41歳
42歳
43歳
44歳
45歳
46歳

47歳
48歳
49歳




・教え子のコジモ2世がトスカーナ大公となる
・望遠鏡を製作、天体観測を行う
・木星の衛星を発見「メディチ家の星」と名付ける、「星界の報告」公刊
・ピサ大学教授兼トスカーナ公付哲学者に任命される
・リンチェイ・アカデミーに入会

・「太陽黒点論」を刊行
1614
1615
1616

1617
1618
1619
1620
1621
1622
1623











50歳
51歳
52歳

53歳
54歳
55歳
56歳
57歳
58歳
59歳

・地動説をめぐりドミニコ会修道士ロリーニと論争となる
・第一回異端審問所審査でローマ教皇庁検邪聖省から地動説を唱えないよう注意を受ける
コペルニクスの「天体の回転について」がローマ教皇庁により閲覧一時停止となる






・「贋金鑑識官」がローマ教皇ウルバヌス8世への献辞をつけて刊行される
1624
1625
1626
1627
1628
1629
1630
1631
1632
1633












60歳
61歳
62歳
63歳
64歳
65歳
66歳
67歳
68歳
69歳









・「天文対話」をフィレンツェで刊行、ローマへの出頭を命じられる
・第二回異端審問所審査でローマ教皇庁検邪聖省から有罪判決を受け、終身刑を言い渡される
・(直後にローマ大使館での軟禁に減刑され、その後アルチェトリの別荘へ戻る許可が出る)
1634
1635
1636
1637
1638

1639
1640
1641
1642









1月8日
70歳
71歳
72歳
73歳
74歳

75歳
76歳
77歳

・最愛の長女ヴィルジニアを病気で失う


・片目を失明
・両目を失明、以降の執筆は弟子と息子の口頭筆記となる
・オランダで「新科学対話」を発刊



・死去
既存の理論体系を盲目的に従うことなく「実験」をもって確かめる手法を採用した
 
 
 


-このサイトに関するご意見・お問合はこちらまで-
記録などのデータ記載は万全を期しておりますが、万一誤りがあった場合は大変お手数ですがご指摘頂けると幸いです

Copyright (C) 2013-2014 Youce Corporation. All Rights Reserved.