人物年表  チンギス・ハーン
 
日本史年表 / エリア情報  

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・幼名はテムジン、父・イェスゲイ、母・ホエルンの長男として生まれる(生年不詳)








・(父に連れられ嫁探しに出かけコンギラト部族の娘・ボルテを嫁とする)
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・(父・イェスゲイが急死しタイチウト氏の幕営に抑留される)
・(牧民、ソルカン・シラの助けにより幕営をようやく脱する)








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・(メルキト部族王トクトア・ベキの軍勢に幕営を襲われ、夫人を略奪される)
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・(ボルテ奪還にジャムカらの同盟者が協力する)
・(テムジンの勢力は次第に拡大するが、徐々にジャムカ一族との仲が悪化していく)

・ケレイト部族で内紛が起こりトグリルが王位を追われるが、テムジンが同盟を結びトグリルは王位に復す
・さらに同盟軍は中国・金に背いたタタル部族を討ちテムジンは金から「百人長」の称号を与えられる
・同時にトグリルには「王」の称号が与えられオン・カンと称するようになる

・高原北方のメルキト部に遠征

・高原西部のアルタイ山脈のナイマンを討つ
・タイチウト氏とジャジラト氏のジャムカを破る
・大興安嶺方面のタタル部族をフルンブイルに打ち破る
・東方の諸部族を服属させる
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2月





・各地の大同盟がケレイトに攻めかかり苦戦の末にこれを破り高原中央部の覇権を確立
・オン・カンの長男・セングンと仲違いする
・オン・カンが突如テムジンの牧地を襲う
・オノン川から北に逃れ、バルジュナ湖で体勢を立て直す
・オン・カンの本隊を急襲して大勝、高原中央部を手中にする

・西方のナイマンと北方のメルキトを破り、宿敵ジャムカを捕え処刑する
・南方のオングトも服属し高原の全遊牧民はモンゴル部の支配下となる
・大ハーンに即位してモンゴル帝国を開く、この時、チンギス・ハーンとなる


・西夏との講和が成立、天山ウイグル王国を服属させる


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・金と開戦、万里の長城を超え北中国を荒らす
・金の多くの領土を征服・併合する
・金と和約をするが金の首都移転(開封)により再び金を攻撃する
・金の従来の首都・燕京(現・北京)を陥落させる
・耶律楚材を側近とする

・(西遼・クチュルクを征服)
・西はバルハシ湖(隣接はイスラム王朝、ホラズム・シャー朝)、南はペルシア湾まで勢力を拡大

・ホラズム・シャー朝を征服

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8月18日



・帰国、広大となった領地を分割しジョチ、次男チャガタイ、三男オゴタイに支配権を与える
・金と反モンゴル同盟を結んだ西夏に侵攻し壊滅させる
・陣中で死去
人類史上最大の帝国を一代で築く、貴族(ノヤン)階級を編成する
 
 
 


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